ぶらり散歩道-北区の旅
vol.2003.2(北区の歴史と文化財)
 
●今回の散歩道ルート
真正寺坂(北区赤羽西2丁目)⇒三日月坂(北区赤羽西1丁目)⇒宮の坂(北区赤羽北2丁目)⇒師団坂(北区赤羽台4丁目)

【所要時間】徒歩の場合、3時間以上
(備考)画像をクリックすると大きい画像が見れます。
真正寺坂

一、真正寺坂(しんしょうじざか)

岩槻街道沿いの赤羽西派出所から西へ登る坂。坂の北側(赤羽西2-14-6付近)に普門院末の真正寺がありましたが、廃寺となり坂名だけが残りました。坂の登り口南側にある明和6年(1769)11月造立の庚申塔に「これより いたはしみち」と刻まれていて、日光御成道(岩槻街道)と中山道を結ぶ道筋にあたっていたことがわかる。かつて、稲付の人々は縁起を(北区教育委員会案内板より)かついで「しんしょう昇る」といって登ったという。 2003.3/北区赤羽西2丁目
三日月坂

二、三日月坂(みかづきざか)

道潅湯から東南に登り中坂へでる坂。道潅湯のあたりに、大正3年(1914)帝国火工品製作所(導火線工場)ができ、この工場のためにできた坂という。工場へ往来する馬車などでにぎわったが、大正4年5月に工場は爆発事故で消失してしまった。その後このあたりは住宅地となり、坂を登りきった北側あたりに三日月茶屋ができ、坂名はこれに由来する。また、道潅湯が開業したことから道潅湯とも呼ばれいてる。 2003.3/北区赤羽西1丁目
宮の坂

三、宮の坂(みやのさか)

旧袋村から赤羽に抜ける重要な坂で諏訪神社の参道に続く。「宮の坂」の宮はこの神社を指す。舗装前の昔のこの坂の様子は、樹木も多く浮間の桜草狩りの渡し場へ行き来する人々の賑わいをみせていた。参道を切断し二の鳥居にできた切通しの新坂は宮の前の坂といわれ交通量も多い。 2003.3/北区赤羽北2丁目
師団坂

四、師団坂(しだんざか)

この坂は、旧陸軍の近衛師団と第一師団に所属した2つの工兵大隊に向かう坂道であった。明治20年(1887)8月から9月にかけてこれらの工兵大隊が現在の丸の内1丁目かわ赤羽台4丁目内に移ってきたので、坂がつくられた。この坂は「工兵坂」とも呼ばれ休日などの際は軍人や面会社の往来で賑わった。冬至の工兵隊の兵営は「赤羽の兵隊屋敷」と呼ばれ、工兵隊による浮間橋の架橋や花見時の兵営開放などにより、付近の住民にもひたしまれていた。現在、兵営の間にあった練兵場は住宅地となり、第一師団工兵大隊兵営跡は学校法人星美学園の敷地となっている。 2003.3/北区赤羽台4丁目

(C)2004 JapaNet. All rights reserved.

新着
錦町の庚申塔(堂山)

さいたま市の文化財
蕨市の文化財
戸田市の文化財
北区の坂道
川口大事典



江戸東京坂道辞典コンパクト版